「伽藍堂/己龍」を聴いてみた!

音楽感想

試聴

伽藍堂収録CD紹介

・シングル「花鳥風月」収録


伽藍堂感想

不気味でホラー感の強い楽曲も多い己龍ですが、今回の楽曲はホラー要素は薄めで、和風要素も要所要所を華やかに飾りつける程度で、シンプルに聴きやすく、カッコ良い曲です。

タイトルは「がらんどう」と読み、意味としては広々として何もない事を意味します。なので、複雑に色々と音を足して不気味にするのではなく、音を削ぎ落としてシンプルなロックにして行ったのでは無いかと思っています。

“「私」を満たして 「私」で満たして 殻の中は空の身体
故に浮遊月の様に 揺蕩たゆたうばかりの意識 命の重さは微塵も無い
姿形は其処に在れどソレを何と呼ぶのだろう
膨らんだ夢想もただの無相 何も無い
「私」は伽藍堂”
―「伽藍堂」歌詞(作詞:酒井参輝)より引用―

歌詞の主人公は心の中が空っぽになっています。
その命さえ軽々しく投げ打ってしまおうかと思える程には空っぽのようです。

サビから始まり、その空虚さを主張します。

自分が何者なのかもわからなくなってしまった主人公は、自分の事を何と呼べば良いのかもわからなくなってしまいます。
名前すらも忘れてしまったのか、仮に覚えていたとしても、「私」がわからない為にその名前すらも意味がある言葉として捉えられなくなってしまったのか。
何も無い自分はがらんどうだと、もはや自嘲する事すら無く認めてしまいます。

「殻」「空」「身体」……韻を踏む語感すらもからからからとしていますね。

“後ろ向いたつもりも目を背けたつもりも
背中見せて在らぬ方へ逃げたつもりも無い
愚直に上の空 虚空を眺めては…
「私」を置き去り 「私」は「現」を貪る
咀嚼も出来ぬ程脆く 砂を噛むが如く”
―「伽藍堂」歌詞(作詞:酒井参輝)より引用―

もしかしたら主人公の周りの人は、そんな主人公の様子を見て、何かから逃げ出したくて目を背けているのではと、噂しているのかも知れません。
しかし実際には逃げ出している訳ではなく、向き合いたくても向き合う事が出来ない、正確には向き合おうという感情すら湧き上がって来ない、そんな精神状態なのだと思います。

まさに何に対しても感情が湧き上がって来ない、じぶんこそがらんどうだと思う人は、一度この曲を聴いてみては如何でしょうか?


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