手纏ノ端無キガ如シ/己龍~レビュー117曲目~

~手纏ノ端無キガ如シ収録CD紹介~

・シングル「手纏ノ端無キガ如シ」収録

~手纏ノ端無キガ如シ感想~

己龍は和製ホラーをコンセプトに活動を行っており、笛や琴やその他の同期音などもふんだんに使用しながら独特の音階運びで無二の世界観を演出する楽曲がおおいバンドですが、この曲も例に漏れず、己龍らしい独特な雰囲気が漂う疾走感溢れるロックチューンとなっています。

なお、タイトルになっている「手纏たまきの端無きが如し」とは、いつまでも巡り巡って終わる事が無い例え、という意味です。

“彼方から眺める私はさぞかし滑稽こっけいでしょう
嘲笑が静けさに沁み入りこだまする
何度此処を立とうとも 何度此処へ帰ろうとも
其の実、どれだけ重ねど不実
振出を見失う これは行きか帰りか”
―「手纏ノ端無キガ如シ」歌詞より引用―

「その実、どれだけ重ねど不実」という言葉から、例えば望まれずに生まれ、捨てられた子が主人公の曲ではないかと私は想像しています。
子供は親元に戻ろうとするのですが、本当はいない方が良いのではないか、帰らない方が良いのではないかという思いから、迷い、行くべき場所を見失ってしまったようです。

“跪き手を合わせ声高々に喘ぐ
祈り 崇め 拝み
その果てに何を掴んだ?
泣けど叫べど喰われ残る痛みこそが
唯一…それが己の唯一”
―「手纏ノ端無キガ如シ」歌詞より引用―

置き去りにされた子供は救いを求めて手を合わせますが、恐らくは救いと呼べる物は何も手に出来ていないと思われます。
そして、心に(もしくは、物理的にその身にも)負わされた傷の痛みだけが唯一自身の存在を証明出来るものだと思い込んでいく様子が描かれています。

“吐き出した言の葉に命が宿る程
己を曝け出す痛みに慟哭を謳えるのなら
数え歌を置き去り彼方から目を逸らし
唾を吐き捨て賽を振る
らば”

―「手纏ノ端無キガ如シ」歌詞より引用―

最後には、恐らく長い間救われる事もなく彷徨い続けていたであろう子供が、元の場所に帰る事を諦め離れて行く決意が描かれ曲が終わります。

皆様もこの曲を聴きながら、例えば自らを縛り付けて離さない何かのしがらみに対し、さらばと別れを告げてみるのも良いかもしれません。

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~手纏ノ端無キガ如シリンク~

己龍「手纏ノ端無キガ如シ」MUSIC VIDEO

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