「天華/己龍」を聴いてみた!

音楽感想

試聴

天華収録CD紹介

・アルバム「朱花艶閃」通常盤収録

天華感想

イントロから切ないピアノを主軸に、微かに琴なのでしょうか?弦楽器の響きと、ストリングスのハーモニーが流れてきて、もはやイントロだけで泣ける人は泣いてしまいそうな一曲です。

“拝啓、___様

実りの秋となり、木々の梢も色づひて参りました。
――中略――
この胸、焦がれ焦れるやうに。
温みが 今も 未だあります。
___を 恋ひ慕ひます。”
―「天華」歌詞(作詞:黒崎眞弥/遠海准司)より引用―

「___様」の部分は発音していません。しかし、後半の「___を」は、「あなたを」と発音しています。

ピアノの弾き語りと共に、ゆっくりと語りかけているようなAメロです。

ちなみに、この部分に対応する二番の歌詞がこのようになっています。

“拝啓、___さん

冷雨が降り続く鉛色の空は今日も泣ひてをります。
――中略――
笑顔で きっと 帰ります。
含羞む写真をお守りに。
___よ、どうか それまで…”
―「天華」歌詞(作詞:黒崎眞弥/遠海准司)より引用―

一番と同様に、「___さん」は発音しません。

この曲の世界観が、一番と二番を考えると、何となくわかるんじゃないかと思います。

普通に考えれば「鉛色の空」というのは曇り空を示しています。

ですが、「笑顔で きっと 帰ります」の意味を、戦争に向かう人の言葉だと捉えるとどうでしょうか。

「冷雨が降り続く鉛色の空」は、今日も爆弾やミサイルを振りまく戦闘機が飛び交う空の色……に、見えてきませんか?
私はそう見えました。

戦争に行って帰らなくなってしまった「___様」と、その人の帰りを戦後も待ち続けて手紙を出し続ける「___さん」。
天華は、そんな二人の言葉を連ねた切ない楽曲なのではないでしょうか?

“君よ、何処へ…何時までも待ってゐます
打ち拉がれたそら 朱く染まる
彼行けば 枯れ生きて 風と成りけり
終焉の閃光に 両手翳して”
―「天華」歌詞(作詞:黒崎眞弥/遠海准司)より引用―

どこか残響を残すようなBメロを経て、サビはとても情熱的に歌われます。
しかし歌声は嘆いている感情が全面に押し出されているようです。

Aメロの歌詞は手紙の文面、という性質もあるので句読点が打たれていますが、Bメロ以降は手紙の文面ではないので句読点は打たれていません。

ここに対応する二番のサビの
始まりは、このようになっています。

“君よ、何処へ…何時までも呼んでゐます
打ち拉がれた蒼 朱く染まる
我征けば れ逝きて 風と成りけり
終焉の閃光に 両手翳した”
―「天華」歌詞(作詞:黒崎眞弥/遠海准司)より引用―

一番はいつまでも帰りを待つ「___さん」の立場から、二番は「___さん」と望まぬ別れを強要させられた「___様」立場から歌われています。
「___様」=「彼」=「我」は戦争へ「行」き、そして敵の元へ「征」き、「破れ逝」ってしまったのでしょう。

「打ち拉がれた蒼朱く染まる」というのは一番も二番も、青空が朱く染まる様子を描いているのだと思いますが、染まる理由はきっと一番は夕焼けで、二番は戦火なのかな、という気がします。

サビの最後にそれぞれ二人が見た「終焉の閃光」は、一番では枯れるまで(つまり、老人になっても)生きた、もしくは枯れるよう(「___様」と会えなくなって無気力に)に生きた「___さん」が最後の最期、「___様」と会えたのではないかと思うのです。あの世からのお迎えの様な感じです。

だから、「翳して」と積極的に手を伸ばしている感じがします。

対して二番の終焉の閃光は「___様」を焼いてしまった爆弾の事なのかな、と思います。

だから、「翳した」と、どちらかと言えば光から自分を少しでも守ろうとしている、そんな感じがします。

待つ人と行く人の対比を切なく描き出した一曲、皆様も是非聴いてみては如何でしょうか?
そしてこの曲は、アルバムの通常盤だけに入っており、初回盤には実は入っていない曲となっています。
今は配信で全部聞けるから良いですが……なんでこんな物凄い名曲に限って共通で聴けない所にいるんですかいつもいつも……

リンク

天華(朱花艶閃収録)/己龍の歌詞|『ROCK LYRIC』

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