おしまい/キズ~レビュー111曲目~

~おしまい収録CD紹介~

1枚目のシングル「おしまい」収録

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~おしまい感想~

バンド始動して1枚目のシングルの表題曲、つまり「はじまり」であるべき曲から既に「おしまい」とは、ただの偶然なのか、それとも「終わりの始まり」なのか。はたまた、終わりから始まる、再生に近い意味でも込められているのか。

興味が尽きない所ではありますが、楽曲としてはダークでヘヴィな雰囲気な楽曲となっています。やや激しめです。

“鳴り止まない痛みだ
口を開けば愚痴と不満で
傷負いながら何故生きてるの?”
―「おしまい」歌詞より引用―

キズは始動前に自分達が一体誰なのかを明かさぬまま、電話番号を公開し心の傷や悩みや不安を聞くという企画を行っていました。鳴り止まない痛みとはまさに、企画の間中、どこかの誰かからかかり続ける、痛みを告げる電話着信の事なのでしょう。
そしてそういう企画だったのですから、電話の向こうからは当然愚痴、不満、悩みが飛び出していく訳ですが、何故痛みを感じ傷を負う辛い思いをしながら生き続けているのか?問いかけています。

“出来損ないの命だ
仰せの”ママ”に生きてみました
意味なく生まれた 意味ない生命”
―「おしまい」歌詞より引用―

仰せのまま、と恐らくは母親の「ママ」をかけているのでしょうか。
とりあえず親の敷いたレールの通りに進んでみましたが、自分で生きている意味を見い出せずにいる人達がいます。もしかしたら「お母さんにそうしろって言われたから」みたいな声もあったのかもしれません。

“おしまいだ Oh My God
失敗作なんだ
終点も 使命も
誰もが持ってないみたいだから
もう嫌 Oh My God 夢も理想さえも
見せられてるだけの暇潰しみたいなモノだろ
嗚呼、踊らされては君は誰になるの?”
―「おしまい」歌詞より引用―

自分がどう生きるべきかの使命も、どう死ぬべきかの終点も、誰も持っていない世の中で見せられる希望なんてどうせまやかしだろう、と思っているのでしょう。
そんなまやかしに騙されて、君自身ではなく一体誰になろうとしているのか。更なる問いかけがあります。

“死にたいか?もう嫌?動脈断つ勇気ナイフ
持てないのは弱さか?今を生きる強さなのですか?
もう嫌 Oh My God 審判も不在だ
多数決の常識せいぎで少数派の悪を裁いた
嗚呼、人工知能AIみたいな脳で秤かけないでくれ”
―「おしまい」歌詞より引用―

死にたくても勇気が無くて死ねなかった悩みを吐露した人もいたのでしょうか。
弱さに対して、強さという観点には丁寧語が使われている辺り、弱さに対しては強い意志で、強さに対しては敬意を払う気持ちがあるのかもしれません。
多数派の人間からは外れてしまい、条件反射で少数派=悪と断じられてしまったであろう人々の心の声が漏れ聞こえてきます。

“鳴り止まない声の痛みに気づいた
この手でお前を救うことは出来ない
誰だっていつだって皆そうさ
お前自身 救った人生だ”
―「おしまい」歌詞より引用―

そうして悩みを聞き続けて気付いたのでしょうか、聞いている自分自身は電話の向こうにいる人物を直接救う事が出来ない、自身が何か言葉を発したとして、それを受けて救われるかどうかは受け手の自由であると。

※なお、その後LIVE活動を通し直接ファンと触れ合った事から考え方が変わり、ある時点からこの部分は「救われたいやつだけついて来い」と歌詞を変えて歌っているようです。
出典:【インタビュー】キズ、来夢を苦しめる8つの誤解(前編)

“弱さ 故に 生きた 強さ
何を 求め 明日に 生きる
正しさなど 何処にもない
傷負いながら 好きに描け”
―「おしまい」歌詞より引用―

やはりナイフを持てなかった事はどこか弱さであると捉えられているような気がします。そんな弱さ故、今日も傷を負いながら生きた訳ですから、そこを強さとしているのでしょう。明日に何があるのかはこれから好きに描いていけという、応援メッセージでこの曲は終わっています。
ただ単純に明るい言葉で応援しているだけではない所が魅力ですね。特に、明るい言葉の応援だけでは全く心に響いて来ない、という人に良い曲なのではないでしょうか。

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